出島

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出島は来舶ポルトガル人を隔離収容するために海中を埋築し、寛永13年(1636)完成した。
その翌年島原の乱が起こり、同年16年(1639)幕府はポルトガル人を渡航禁止にした。
これにより出島は空家となった。そこで寛永18年(1641)平戸のオランダ商館をここに移した。
以来,安政の開国まで約 220年間、出島は阿蘭陀屋敷と呼ばれた。
出島のオランダ商館では、この地を通じて日本とヨーロッパを結ぶ経済・文化の交流が行なわれ、
日本の近代化に果たした功績は大きい。

平和公園

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公園内には原爆落下中心地や、丘の上には高さ9.7メートルの平和祈念像、水を求めてさまよった少女の手記がきざまれた平和の泉などがあり、世界各国から贈られた平和のモニュメントも建ちならび、世界恒久平和を願う長崎市のシンボルゾーンとなっています。
毎年8月9日にここで原爆犠牲者慰霊平和祈念式典をおこなっており、全世界に向けた平和宣言がなされ、原爆死没者の名簿を奉安します。
公園の近くには長崎原爆資料館や浦上天主堂、市立博物館、如己堂などがあります